不動産テックで急成長中の「イタンジ」代表 野口氏が高校生に語る「ビジネス課題の乗り越え方」~サイル学院高等部の授業レポート【第8回】~サムネイル画像

不動産テックで急成長中の「イタンジ」代表 野口氏が高校生に語る「ビジネス課題の乗り越え方」~サイル学院高等部の授業レポート【第8回】~

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2023年1月16日、サイル学院高等部の起業家・事業家による特別授業が開催されました。定期的に行われる特別授業、名称は「事業家からのメッセージ いまを生きる君たちへ」。学校内では「イマキミ」と呼ばれています。

第8回目のゲストは、イタンジ株式会社 代表取締役社長執行役員CEOの野口真平さん。野口さんは、不動産業界に根強く残るアナログな文化を、デジタルの力で変えていこうと奮闘されています。

イマキミレポート前編では学院長の松下と対談し、「ビジネス課題の捉え方」や「大きな課題を前に、どのようにビジネスをスタートさせたか」といったテーマで語り合いました。野口さんのメッセージはサイルに通う高校生(以下、サイル生)にどのように響いたのでしょうか。

勉強や友達とのコミュニケーション、趣味や部活動など。日々一生懸命に過ごしている高校生のみなさんは、なかなか未来のことを考える時間はとれないかもしれません。「いまを生きている」みなさんが、少し先の未来に目を向けるために。ビジネスの先輩、人生の先輩でもあるゲストからさまざまなことを学び、自分の未来へ一歩踏み出す、行動するきっかけをつかんでほしい。「事業家からのメッセージ いまを生きる君たちへ(通称イマキミ)」には、そんな思いが込められています。

過去のイマキミレポートを読む
第1回:グロービス学び放題事業責任者の鳥潟さんによる授業
第2回:ピープルポート株式会社代表の青山さんによる授業
第3回:シニフィアン株式会社代表の朝倉さんによる授業
第4回:株式会社Funda代表の大手町のランダムウォーカーさんによる授業
第5回:株式会社フォルスタイル代表取締役 平井幸奈さんによる授業
第6回:ウニノミクス株式会社CEO 武田ブライアン剛さんによる授業
第7回:株式会社3Sunny創業者 志水文人さんによる授業

今回のゲストは、イタンジ代表の野口真平さん

イタンジ株式会社 代表取締役社長執行役員CEO 野口真平さん

1989年生まれ。東京都出身。早稲田大学教育学部卒。同大学在籍中、早稲田大学主催のビジネスプランコンテスト優勝。学生向けSNSを開発し起業。その後、IT企業に入社しエンジニアとしてシステム設計を担当。2014年2月、イタンジ株式会社に入社。 同社でWEBマーケティング、不動産仲介業務、システム開発、管理会社向けシステムのコンサルティング業務などを担当。執行役員を経て、2018年11月代表取締役に就任。

松下 まずは、イタンジが手がけているビジネスについて教えていただけますか。

野口 イタンジは、「テクノロジーで不動産取引をなめらかにする」というミッションを掲げている不動産テック企業です。経産省・東証が選定したDX銘柄に3年連続で選定されていて、紙・電話・FAXが主流の不動産業界をITの力で変革していこうとしています。

率直にいって、不動産業界は課題だらけです。さまざまな既得権益によるしがらみがあり、テクノロジーの力で解決しようとして10年以上になりますが、いまだに課題の根深さに驚かされる日々です。

不動産業界の市場規模は74兆円。国内で引越しする人は年間500万人を優に超えます。それだけ大きなマーケットであるにもかかわらず、基本的な取引は紙や電話・FAXで行われています。インターネットが普及した現代においても、です。

では、具体的にイタンジはどのような方法で不動産業界を変えようとしているのか。当社のサービスの一つを紹介すると、「OHEYAGO(オヘヤゴー)」という不動産賃貸サイトがあります。

このサイトでは、お部屋探しから内見予約、入居申込、契約までのすべてをスマートフォン一つで完結できるんです。基本的に、他サイトでは不動産店舗に足を運ばないと内見予約や入居申込ができないシステムになっています。加えて、そもそもサイトに掲載されているお部屋も“おとり物件”といってすでに入居が決まっていたり、正確な情報が載せられていない物件だったりします。それを僕たちは、正しい情報をリアルタイムで発信し、店舗に来店しなくても契約・入居手続きまでできる世界に変えようとしているんです。

当社が掲げているビジョンは「暮らしと人をつなぐプラットフォームで人々の生活を豊かに」。主な事業として、不動産会社の業務効率化システムの開発・提供を行なっています。不動産に特化したデータベースを基盤に物件の検索から契約、更新・退去まで一連の不動産賃貸取引のオンライン化に取り組んでいます。今後は不動産賃貸取引にとどまらず、引越しやその先の暮らしを変える新たな暮らしのインフラを創りたいと思っています。

その課題に、新たなビジネスを立ち上げる意義はあるか?

松下 そもそも、イタンジが「不動産賃貸取引の課題解決」というテーマに注目したのは、なぜだったのでしょう?

野口 イタンジが設立された2012年頃は、すでにECサイトやオークションサイト、ソーシャルゲームなどのWebサービスが次々と生まれて、スマホに移行し始めた時期でした。

インターネットが普及する時代において、昔ながらのやり方が残っているレガシー産業はどこだろうと探した結果、たどりついたのが不動産や建設、医療・介護などのケア領域だったんです。なかでも不動産はマーケットが大きく、その分、テクノロジーのインパクトも大きいだろうという見立てでした。

同時に、本当の意味で人の役に立つビジネスでなければ、自分自身、面白味を感じられないだろうとも思っていました。

私は、大学時代と卒業後に、二度起業をしています。一度目はソーシャルネットワークサービスを、二度目は求人メディアを立ち上げました。ただ、それらのサービスはすでに世の中にあるものなんですよね。果たして自分が、新たにサービスを立ち上げる意義はあるのだろうかという思いが拭えませんでした。

一方、不動産業界の人たちって、めちゃくちゃ困っているんです。不動産会社は週1日休みが多いんですよ。とくに賃貸の繁忙期は夜遅くまで残業が続きますし。電話やFAXを使った非効率な業務の進め方で、忙しさに拍車がかかっています。課題があるのは、明らかなんです。

二度の起業を通じて、自分はビジネスのトレンドをつくりたいわけじゃないと気づきました。むしろ、困っている人たちの悩みに愚直に向き合って、それを解決していくことのほうが性に合っている。不動産業界のみなさんも、家探しをしている方々も、困っているからこそデジタルの力で業務の負担が軽くなったり、便利になったりしたときに、ものすごく喜んでくれるんです。それが純粋に嬉しくて、私にとっての働く動機になりました。

課題とは、お金を払ってまで解決したいもの

松下 今回は、野口さんのお話から、ビジネス課題の捉え方や深堀り方を学びたいと考えています。不動産業界が抱える課題について、もう少し詳しく聞かせていただけますか。

野口 課題っていう言葉が抽象的なのでイメージしにくいのかもしれませんね。「何に対してなら、人はお金を払うか?」と考えてみるのはどうでしょうか。

たとえば1日100件の賃貸不動産取引があるとして、それを「紙」で行うのと「デジタル」で行うのとでは、効率面でおよそ10倍の差が生まれます。それって1日10人で運営していた店舗が1人で済むくらいの大きなインパクトがある話です。企業にとっては9人分の人件費を削減できるわけですから。

しかも不動産業界には非効率なタスクがたくさんあります。内見対応から申込対応、契約対応、更新や解約手続き、入居後の対応まで、すべてのフローにおいて効率化できる余地がたくさんあるんです。

それほど課題が明確なら、「なぜ、一気にデジタル化してしまわないのだろう?」と高校生のみなさんは思いますよね。しかし、そう簡単にはいきません。ここに、また新たな課題があります。不動産取引は戦後ずっとこの形態で行われていて、すでに型ができあがっているんです。取引先との関係もあります。いくらアナログなやり方で負担が大きいといっても、やり方を変えると困る関係者もいる。他社に影響するフローも含めてすべてデジタルに切り替えるのは至難の業なんです。

最初の5社、取引先をどう開拓したか?

松下 イタンジさんは、デジタルの力で不動産業界を改革しようとされています。社名のとおり、まさに業界の“異端児”的存在です。立ち上げ当初は、逆風もあったのではないですか。

野口 そうですね。逆風は、かなりありました。

松下 まずは最初の取引先をどう開拓したのでしょうか?

野口 「千里の道も一歩から」という言葉があるように、最初の一歩がとても大事なのだと私自身、思っています。不動産業界を変えるというと壮大で格好いいのですが、大きなことを成し遂げるための一歩は地味で、多くの人にとって“くだらない”と思えるものなんです。

私たちが手がけているデジタルサービスの特徴の一つは“拡張性が高い”こと。なにか良いサービスが生まれたら、一気に世界中に広げていくことができます。だからこそ、最初の1社で顧客満足度が高いプロダクトを提供する必要がある、と考えていました。

加えて、最初の1社(正確には当社においては最初の5社)をどの会社にするかも、非常に重要なポイントだと捉えていましたね。

松下 具体的には、どのような企業を取引先として想定していたのでしょう?

野口 「自分たちと一緒にサービスやプロダクトをつくってくれる会社」ですね。具体的には、不動産業界の業務フローに強い課題意識を持っていて、お客さんとして私たちのプロダクトに率直な意見をくれる企業。完成度が低い状態でもこれからの成長を期待して辛抱強く付き合ってくれる会社です。

もちろんビジネスはボランティアではありませんから、相手にリターンを返していかなければなりません。最初の5社には「必ず良いプロダクトをつくって、不動産業界の課題を解決します」と約束しました。そして、スタートから3カ月ほどは無料にすることで顧客のリスクを軽減した。その間に顧客からフィードバックをもらいながら改善を繰り返し、お客様が求めるレベルに近づけるようにプロダクトを成長させていきました。

当時、私たちが決めたのは、初期に導入してくれた企業の満足度が高まりきるまで、むやみにサービスを広げないということです。そうすれば、少ない人数でも対応できます。その5社に集中して、サービスを高めていくことができる。2年ほどプロダクト改善を繰り返して、体制が整い、ようやく広められると思えたタイミングで一気に営業をかけました。

松下 最初の5社は、どのように見つけたんですか。

野口 本当に地道な営業ですよ(笑)。不動産会社宛てにまずハガキを郵送します。ハガキが届いたタイミングで電話をして、アポイントをとる。ただ、200回電話して1回くらいしかアポイントはとれません。1件のアポイントからどれだけ成約につながるかというと当初は10%以下です。2000回電話をかけて1件成約するイメージだなと考え、じゃあ2000回かければいいやと思っていました。

松下 そしてアポイントがとれたお客様の中から、イタンジと一緒にプロダクトをつくってくださる人を見つけるわけですね。

野口 そうです。まだ未完成のプロトタイプを持っていって、「こんな状態なんですが、使ってもらえませんか」と話をして。そこからは熱意ですよね。正直、最初はサービスの優位性なんてありません。ただ、私たちもそれなりの覚悟を持って始めていますから、“最後まで絶対にやりきる”という強い思いを持っていました。その熱意と覚悟が伝わり、応援してくれる企業が増えていったのだと思います。

松下 最後に、不動産業界の課題を解決した先に、どんな未来を描いているのかをぜひ聞かせてください。

野口 いろいろな可能性が広がるビジネスですが、消費者視点で話をすると、自宅で手軽にスマホ一つで、安く、家探しができる未来を描いています。不動産賃貸の初期費用の相場は平均40〜50万円です。しかし無駄なコストを省いていけば10〜20万円におさえられるはず。

アナログな不動産取引のやり方のままでは、日本は世界から取り残されてしまうでしょう。加えて、この状態が続けば、今よりもさらに家を住み替えることが困難になっていきます。

たとえば社会人になって、こういうマンションに住みたいと思っても家賃が高くて手を出せない、住める選択肢が極端に少ないという事態になりかねません。

私自身、いろんな場所に行ってライフスタイルを変えながら暮らすことが好きなんです。衣食住の一つである住まいは、生活の土台となるもの。より安全なところ、より好きなところ、より快適なところで暮らしたいと願うのは人間が持つ欲求の一つだと思います。

イタンジはこれからも、不動産業界で発生するコストをデジタルの力で圧縮し、もっとスピーディーに、もっと安く、住まいを探したり、購入したりできる世界をつくっていきます。


野口さんのお話を、サイル生はメモを取りながら真剣な表情で聞いていました。イマキミ授業レポート後編では、サイル生との質疑応答の様子をお届けいたします。

(デザイン:山本 香織、文:猪俣 奈央子)

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この記事を書いた人

フリーライター
猪俣 奈央子 / Naoko Inomata
フリーライター

大学卒業後、転職メディアを運営するエン・ジャパン株式会社に入社し、中途採用広告のライター業に従事。最大20名のライターをマネジメントする管理職経験あり。2014年にフリーのインタビューライターとして独立。働き方・人材育成・マネジメント・組織開発・ダイバーシティ・女性の生き方・子育て・小児医療・ノンフィクションなどを得意ジャンルとしている。近年では著者に取材し、執筆協力を行うブックライターとしても活動中。